アメリカ中西部のミネソタ在住。お仕事やプライベートの驚きをつづります。I live in Minnesota. This is a scribble of my excitement when I boldly go where I have not gone before.


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アメリカ人の舌に和食を馴染ませるには?

典型的なアメリカ料理の家庭で育ってきた私の彼と、和食大好きな私のミネソタでの食生活はというと、欧米的な食事がだいたい50%と、和食・中華・ベトナム料理を含むアジア系の食事50%です。幸い彼がアジア系の食事も好きなので助かります。

パスタや魚料理、サラダなどは彼が作る場合が多く、アジア料理は私が担当しています。

和食で、お好み焼きや日本風のカレー、山かけ丼など彼が食べたことがない献立も少しづつ紹介しているのですが、大抵気に入ってくれています。特に、小麦粉の代わりに、ひよこ豆の粉で作ったお好み焼きは今や彼の大好物です。

豚肉の薄切りが手に入らないため、この日のお好み焼きの具はベーコンにしました。
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肉はナシで具はツナ缶を入れるだけ、という場合も多いのですがそれも結構美味しいです。山芋は手に入らないのですが、長芋がアジア食材店で買えるので、買ったらすぐすりおろしてジップロックに小分けにして入れ冷凍しています。長芋を入れるとお好み焼きの味わいがかなり違ってきて、中はふわトロ、外はカリっとした感じに仕上がります。
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ほとんどの和食を食べる彼ですが、唯一苦手なのが、納豆。絶対ムリ、というほどではないのですが、においが苦手のようです。それでも納豆オムレツにしてみたら、美味しいと言って食べました。

とっつきにくそうな和の食材は、欧米系のメニュー(オムレツなど) に、合わせてみるというのが馴染んでもらうコツかもしれません。

中をトロっとした感じで柔らかめに作ったオムレツの中に、とろっとした納豆。和洋折衷の極意ですね。まるで優しい包容力がある彼に大和なでしこの私が包まれてトロトロに溶けている感じにも似ていますね🖤 (← ちょっといやらしい・・・?)

和洋折衷と言えば、和風スパゲティも美味しいですね。
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考えてみると、スパイシー・マヨネーズをかけたようなフュージョンのお寿司も、アメリカ人にお寿司に馴染んでもらうための苦肉の策として始まったのでしょうか。(写真は Web より拝借。)

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でもこれが寿司というモノだとアメリカ人に誤解される可能性があるのも複雑な気分です。

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by kobewindy | 2018-07-18 11:37 | Cultural Difference

異文化のスイッチヒッターになろう

右側走行の運転も左側走行の運転もできる。
欧米式のマナーも日本のマナーにも沿う事ができる。少なくとも両方を尊重することができる。どっちが良い、悪いということはなく、区別して使い分けることができる。

決して風見鶏という訳でもなく。
スイッチヒッターは双方の立場が理解できる優しい人なのだ。

スイッチヒッターは、周りのみんながスイッチヒッターであるわけではない事も知っている。

・・・と言う理想はあるけど、私はまだまだ修行の身ですな、と気づいた先日のこと。

先日、母がアメリカの我が家に遊びに来たとき、お蕎麦をゆでてみんなで食べたのですが、母がいきなりズズーッとやったので、ドキドキしてしまいました。周りのアメリカ人は音もなく食べるのでね。アメリカだけど、日本の料理を食べてるので遠慮なく日本式で食べてよいものものか、周りの人に合わせて音を出さないようにするか悩ましいなあ、と。彼女は気持ちよく食べていたし、アメリカ人は蕎麦をすする件を知っている人も多いしね。でも内心違和感ありありだろうな。

そういえば、テレビでこんな昔の映画やってました。ちょっとやり過ぎなので、面白いというより見ていてちょっとツライのですが・・・ 。


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by kobewindy | 2017-11-12 12:52 | About This Blog

国際遠距離恋愛中の方へ

このブログを読んでくださっている方の中に、国際恋愛や遠距離恋愛中の方がいらっしゃるかもしれません。私がこのブログを書き始めた 2012年2月は、アメリカに住む彼と、日本とアメリカの遠距離恋愛を始めて10ヶ月くらいたった頃でした。その後私たちカップルは、遠距離恋愛を丸6年続けたのち、2017年の4月である最近、ついにアメリカで一緒に暮らし始めました。


遠距離恋愛中の頃はとにかく彼が恋しくて寂しくて、ほかの遠距離恋愛カップルはどうしているのだろうと思い、ブログを検索したりもしました。当時遠距離恋愛ブログはいくつかあったのですが、それほど長い間遠距離を続けずにめでたく一緒になるパターンと、破綻してしまったのかブログが更新されなくなるパターンに大きく分かれていたように思います。 私たちカップルのように遠距離恋愛を6年も続けるというのはかなり珍しいケースだと思います。 特に若いと「もう待てない」ということになり、一緒になるか別れるかの決断をある程度の段階で必要になるからだと思います。


私たちの場合は付き合いだした時点でもう若くはなかったので、一緒になることが一緒にファミリーを作るいうより単に二人だけの問題だったのでタイムリミットがなかった点も長続きした理由の一つだと思います。結婚についてまわりからのプレッシャーもなかったです。 そしてのんびり忍耐強い二人の性格やそれぞれの土地でやりたい事があった点もあいまって、かなり長いこと遠距離恋愛を続けてきました。

6年・・・。 長い年月だと思いますが、さらに上手(うわて) がいました。フォローさせていただいていたブログで、イギリスと日本の国際遠距離恋愛を13年続けたのちにイギリス人男性とご結婚なさった日本人女性のブログがあり、私はその内容にかなり励まされました。 仮にその女性のお名前をMさんとします。Mさんは英国に大学院留学中にイギリス人である彼と出会いお付き合いし同棲も経験されたあと、留学期間が終わり日本へ帰国。その後遠距離で交流を続け、13年後(!!)にご結婚されました。彼は研究者で、オーストラリアの研究所に転勤になり、Mさんもご自身のスキルでオーストラリアでお仕事を見つけてご夫婦で1〜2年暮らし、その後彼の赴任期間終了にともないお二人で英国へ移住なさったところでブログの更新が終わっていました。そのブログをご紹介したいのですが、残念ながら最近見たところブログが削除になっていました。きっとMさんご夫妻はイギリスで幸せなご家庭を築かれていると私は硬く信じています。


国際恋愛というだけでいろいろ面倒なこともあるのに加え、遠距離は障害と言っていいと思います。でも Mさんのようにご自身のキャリアも大切にしながら彼と愛を育まれ、一緒になることができた先輩カップルがいるのです。 もし遠距離恋愛中で寂しい思いをしたり将来が不安になっていらっしゃる方がいましたら、Mさんカップルのような方もいらしたことに思いをめぐらせてみてください。13年・・・。もう別れようと思ったこともあったそうです。それでも愛し合うお二人は一緒に力を合わせて頑張ったのです。ブログは読んでいると感動してもらい泣きしてしまうようなエピソードもあったので、ご紹介できないのが残念です。

Mさんたちカップルにはとてもおよびませんが、このひっそりしたブログも細々と続けていく予定ですので、ほんの少しでもほっこりしていただければ幸いです。



別ブログ「モテモテ男女倍増計画」もよろしく => http://mote-mote.hatenablog.com
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by kobewindy | 2017-05-22 04:28 | My Thoughts

人種偏見について考える その2

< 私の仮説 >

よく知らないゆえに嫌いだと思ったりストレスがたまる事がある。それは特定グループの偏見の要因になりえる。ならば知る事によって偏見は克服できるのではないか?


先日の私の「OO人て言い訳が多いよね」という問題発言も、OO人の友達が増えれば増えるほど感じなくなってくるはず。OO人をより様々なレベルで知る事になるからです。信頼が高まればなおさら。友達がいい訳せずに約束を守ってくれるという経験が増えれば、いい訳が多いなんていう概念じたいが成り立たなくなるからです。


同じような事は人のグループ以外にも言えます。飛躍しますが、私は以前はカントリーミュージックは短調でつまらないと思っていました。ですが、あるカントリーミュージックのコンサートに彼連れられて行く機会があり、様々なアーティストの演奏を聴いているうちに、カントリーの中にも様々な種類があり、自分の好みに合うものもあることを知りました。


それでも、やっぱりカントリーミュージックが好きになれない場合もあるでしょう。でも、よく理解した上で好まないのであれば、それは偏見ではなく、偏向と呼ばれるものになるのでは?


偏見とは、食わず嫌いである
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by kobewindy | 2017-01-22 15:30 | My Thoughts

「桃文化」のアメリカ

現在読んでいる『異文化理解力』という本がとても面白くて、通勤途中で Kindleで読みながら「あるある!」と思わず声に出してしまいそうになります。後日読み終わったらまとめて感想なども書きたいと思いますが、一部をご紹介。

==以下引用==

「アメリカやブラジルといった『桃文化』では、会ったばかりの相手に親しく(柔らかく)接することが多い。初対面の相手に笑顔を絶やさず、すぐファーストネームで呼び始め、自分自身の情報を開示して、ほとんど知らない相手に個人的な質問をする。しか桃物型の人としばらく友好的なやりとりを続けていると、突然硬い種にぶつかる時がある。桃型の人が本当の自分を守っている部分だ。こうした文化圏では、友好的であることは必ずしも友情とイコールではない。」


「ココナッツ型の文化の人々には、友人関係にない相手には普段より閉鎖的になる。ココナッツの硬いからのように。見知らぬ人に笑顔を見せたり、会ったばかりの人に個人的な質問をしたり、親しい人以外に個人的な情報を教えたりすることはほとんどない。外側の硬い殻を破るにはしばらくかかるが、いったん破れたら、彼らは次第に暖かく友好的になっていく。関係の構築には時間がかかるが、長く続く傾向にある。」

==引用おわり==


私はアメリカに行くたびにアメリカ人の桃っぽさというか社交的すぎる傾向 (表面的には) に「ほーっ」と感心します。日本はココナッツ型なので。

アメリカだと、「ちょっと顔見知り」程度の知人同士がすごく親しげに話しこんだりする場面によく出会います。親しげなわりには名前を呼ばないので「あれ?」と思ってあとで彼に聞くと「名前忘れた」とか言うのです。メアドも知らず、よく行くお店でたまたまよく会うだけとのこと。その割には「もう旧知の友」くらいの勢いで長く親しげに話すのです。日本ではなかなかないですね。

逆に考えると、アメリカ人の彼にとっては、日本に来るととても淡白な人ばっかりだなーと思ったのではないかと思います。久しぶりに旧知の友に会っても日本人同士ではハグもしないし。心では会えてめちゃ嬉しいのですけどね。(^ ^)


私から見るとシンガポールは、日本とアメリカの中間くらいな感じがします。 皮はあるがそれほど厚くはなく、硬い種もなく。メロンくらいな感じでしょうか。




異文化理解力――相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養
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by kobewindy | 2015-11-26 21:25 | Cultural Difference

日本人は表面的? Are the Japanese superficial?

41 reasons to think that the Japanese are superficial - Humour - Wa-pedia  「日本人が表面的な41の理由 」ーユーモアを込めて

こんなサイトを発見。日本人考察です。

ユーモアを交えた記事は面白いです。異文化を理解したり心の柔軟性を高めたい私にとっては、日本人がどう思われているのかという情報はとても参考になります。

30番号、31番の「流行に飛びつく、テレビで紹介されたモノがすぐ大人気になる」・・・ これはよくありますねー。


公立学校での画一的な教育の弊害の一つではないかと思います。答えは一つじゃないという前提で子供たちに議論させる機会が少ないので Criticalな思考が育ちにくい。大人になっても「◯◯で痩せる!」とか聞くとあまり疑わず飛びつきたくなってしまう・・・。

1. の「話題のナンバーワンは食べ物」・・・これは耳が痛いです。友人と集まると旅先で出会った美味しいものの話でよく盛り上がります。ま、でもそれだけというわけではありません。「最近面白い本読んだ?」「いい映画見た?」「今関心のある事は?」「仕事または仕事以外で最近頑張ってるのは何?」・・・などとだんだん個人の価値観に関わる部分に踏み出すのです。

ただ、知り合ったばかりの人とはすぐには価値観のある程度深いところまで踏み込もうとしない傾向はあると思います。欧米の方々の方が、情熱を傾けている事について会話の早い段階から話し始める事が多いように思います。

また、欧米の方が、より積極的に相手の心に飛び込み、相手に自分の意見を伝える傾向が強いように思います。

日本人は「同じ空間にいる」「同じ時間を共にしている」というだけで、「共に在る」とする傾向があるように思います。茶会が最たる例で、茶会を催す亭主は客に多くを語りません。茶会を催す空間や空気そのものがおもてなしだからです。招かれた客は、茶室にいたる門や庭のたたずまい、茶室のしつらえ、花、掛け軸や茶道具など念入りに用意されたさまざまなものから亭主の心遣いを感じとることが求められます。つまり、言葉で語られない情報もコミュニケーションの一環なのです。

相手の懐にすぐには飛び込んでいかないのは、遠慮からくるもので、一般に日本人は段階を追って親しくなろうとする傾向があるように思います。

そんな文化的背景があるので、一概に日本人が表面的とは言えないと私は思います。

とは言え、何も語らないと何も考えてないと受け取られかねないグローバル化した社会に私たちは住んでいます。言葉で積極的に気持ちを伝え相手を積極的に知ろうとする姿勢も必要である事を頭の片隅に置いておくべきとあらためて気づきました。




I found this article arguing 41 reasons to think that the Japanese are superficial. This is interesting and there are a lot to learn from the article for me who is trying to understand cultural differences and trying to be more flexible about inter-personal relations with people from different culture.

I think it is natural that the Japanese are perceived to be superficial by the people from different culture. I think many points made in that article are quite true.

Conversation tends to end up with being quite shallow when foods are only the main topic, for example.

In contrast, in my view, people with Anglo or Latin culture tend to jump straight to hearts of others by expressing their thoughts in relatively early stage of conversation. The Japanese are more reserved in many cases and they require certain time period by the time they talk about thoughts and opinions that involve values and passion.

To the Japanese, "Being together" doesn't always have to involve verbal communication. I think the extreme scenario is the traditional Japanese Tea Ceremony. A host of tea ceremony does not talk much because the space and atmosphere of the ceremony itself is already an expression of hospitality. Guests are required to feel the heart of the host from the gate of house, gardens, tea room, flowers, pictures, tool of tea and so forth that are prepared carefully by the host. Non-verbal information is also a part of communication in tea ceremony.

Since the Japanese have that kind of background, I think it is not easy to conclude that the Japanese are superficial.

However, here we are living in global society where individuals can be judged that they are not thinking anything at all if they don't express themselves verbally. I think it is useful to remember positive verbal communication to convey one's thoughts and attitudes to understand others genuinely are very effective in many cases.

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by kobewindy | 2014-01-27 21:59 | Cultural Difference

国民性 National Traits?

シンガポールの旅をふりかえって気づいたこと。

現地の同僚に「あなたは日本人だから控えめよね。」とか「日本人だから細かいよね。」とか、「日本人」ていう枕言葉をつけて特徴を語られる事がよくあります。褒められつつ言われるのでありがたいと思いますが、私はわざとこんな風に答えたりします。「日本人とシンガポール人てそんなに違うかなあ? 日本人の祖先は中国と朝鮮半島とベトナムあたりから渡ってきた人びとの混血って言われているからね〜。先祖のルーツは似てるし。」

でも先祖が日本に渡来したのはおそらく数千年またはもっと前の事なので、その後形作られた文化や風土の違いによって国民性は変わってきているはずではあります。

とは言え、同じアジアだし、天然資源のない小さな島国っていう意味では共通点もいろいろあると思います。

風土と関連があるのかはわかりませんが、私がシンガポール人に親近感を感じる部分は、人に合わせようと努力する所や親切なところ。

ある日私が「カヤトーストはどこのお店がおすすめ?」と会社で聞いたら、みんな口々にいろいろ教えてくれた上に、次の日買ってきてくれた同僚までいて感動しました。彼女いわく、「これが特に美味しいから食べてみて!」。 美味しかったです。

日本人も逆の立場だったらきっと同じように、外国人に親切にしますよねー。(^^)

カヤトーストの味は、シンガポールの仲間の親切なところと関連付けて私の舌に記憶された気がします。次回食べた時、また優しい気持ちになれそうです。(*^^*)

優しい事を英語で Sweet と表現しますが、文字通り優しさというのは甘いのですね。^_^


When I looked back the trip to Singapore, I noticed some Singaporean coworkers used to say this to me : "You are low-key. I guess it's because you are Japanese." "You are detailed as a typical Japanese." They quoted my character with "Japanese". Usually they use the key word as a compliment, which is very nice, but sometimes I wanted to challenge it by saying : "Are Singporeans and Japanese so different? We have same ancesters in common. The Japanese are said to have come originally from the continent somewhere around China, Korea and Vietnam."

However, even though our ancesters may be common, it is possible that each characteristics may have changed quite a lot over time because it was more than thousands years ago when our ancesters came over to Japan from the continent while others remained. Nontheless, there should be so much in common, too because both Singapore and Japan are small island nation without natural resouces in Asia.

I'm not sure whether it is something to do with climate or geographical enviroment or not, but I think both Singaporeans and Japanese are kind and have tendency to syncronize the tone or feelings with others.

One day, when I asked my colleagues "Which shop do you recommend for Kaya toast?"  They recommended to me several different shops one another. I was moved when one of the sweet colleagues bought me a piece of Kaya toast on the next day. She said "This is one of the best.You must try." Yes, it was good!

Then, I thought Japanese would also do the same. If a foreign visitor ask us that kind of quiestion, we would be kind and offer information as well as a sample to try out.

So, the taste of Kaya toast is remembered in my mind with the association of Singaporean kindness. I would be feeling happy again the next time I taste Kaya.

In English, they say "Sweet" when someone is so kind. I realized that kindness is literally so sweet.



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by kobewindy | 2013-12-24 21:26 | Cultural Difference

国際都市

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上記、先週シンガポールで撮った、地下鉄のドアに張ってあるステッカーの写真です。

「ドアに寄りかからないでください」
「ホームと電車の間にの隙間にご注意ください」

シンガポールの公用語は英語、マレー語、華語(標準中国語=マンダリン)、タミル語なので、こういう危険を促すような表記には4か国語の併記をよく見かけます。これを見ると、多民族の国なのだなぁ、といつも思います。

英語とマンダリンだけはなく、マレー語とタミル語の表記があるところが、少数に配慮している思いやりに思え、私はほのぼのとした気持ちになります。

ただ、国民の90%くらいは華人なので、基本 中国語と英語の2カ国語がメインで、広告や商品パッケージはほとんど2カ国語のみです。

以前のブログで「2つの文化が溶け合うことは決してない」と書きましたが、この国でも、多民族が共存して協力関係にあるのは間違いないのですが、溶け合ってはいないのかもしれないと思うようになりました。意外に他民族同士のカップルも少ないですし。

ただ仕事は、みんな協力してやります。そのためのコミュニケーションにも皆それなりに気を使っています。

「あんた日本人だけあって真面目だねー」とか「さすが、インド人!論理的じゃん。」「ひどいイギリスなまりの英語だ!」とか相手の特徴をジョークのネタにして楽しみながら・・・。それは一応、相手を理解したりリスペクトしようとする努力の表れで、これで相手の気持ちを害さずみんなの笑いを取れたらグローバル・シチズンの証かも、と最近思いました。 (^ ^)
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by kobewindy | 2013-12-18 20:13 | Cultural Difference

多様性を阻むもの What keeps us from accepting diversity

先日「ハーフ」という映画を観てから、なぜ日本人は自分と見た目や言葉的な違いがある人を受け入れるのが苦手なのだろうか、とずっと考えていました。(「ハーフ」の予告編と記事はこちら☆)

映画を観てから幼いときの苦い思いを思い出してしまったのです。小学生のとき東京から中部と関東の間の街に引っ越したとき、土地の方言がしゃべれなくて少しの間軽いいじめに遭いました。方言を習得し、まわりに同化してから運良く難を逃れることができました。

でも、多様性の存在という事実を考えたとき、同化というのは本当は問題の根本的な解決策ではないはずです。方言は短期間で習得できたからいいものの、外国語だったらマスターするのに長い時間がかかります。外見が違ったら、肌や髪の色が違ったら、見た目は同化できません。そしたらなかなかコミュニティに受け入れられないってことになっちゃいますね。それでいいのか、ニッポン人!?

・・・と思ったのですが、日本人に限らないかも、と思い直しました。

差別ってのは世界中にありますし。

シンガポールのオフィスで気づいたのですが、シンガポールの独特の英語方言、シングリッシュ。オフィスではシンガポール人だけではなく、インドネシア人、マレーシア人もけっこう使ってます。これって言語的に同化したほうがその集団の中で過ごしやすいからではないでしょうか。

ですが、ヨーロッパ出身、アングロ系言語ネイティブの同僚はあんまりシングリッシュは使わないです。おちょくってわざと使うとき以外。まあ、同化しようにも外見が違いすぎて、例えば白人でシングリッシュ使ってもその努力が無駄だからって事でしょうかねえ。

例えて言えば、駐日大使のキャロライン・ケネディさんが流暢な日本語で「じぇじぇじぇ!」とか言った場合を想像してみてください。<-- って一体どういう例えなん・・・?

それはさておき・・・。

日本人にかぎらず、自分と異なる人を警戒したり疎外しようとするのは、動物的な性(さが)なんでしょうかね・・・。
異分子によって自分の安全や地位が脅かされるのを、本能的に嫌うみたいな・・・。

そして、「新入り」は、既存コミュニティの脅威でないことを証明するため、本能的に同化に向かうということなんでしょうかねえ。

うーん、でもそれを人類は克服しなければならないはず。好むと好まざるにかかわらず、世界のどの地域も多様化の方向に向かい、その流れを押し戻すことはできないのですから。本能を認識しつつも、自分と一見異なっても相手の立場を理解し受け入れることが必要です。

私の滞在経験での実感では、シンガポールやカナダのモントリオールは多様性の受容に関しかなり成功していると思います。長くなったのでその件はまた後日書きます。


Since I watched the movie "Half", I have been wondering why we Japanese are not good at accepting diversity in terms of different ethnicity and and languages. The movie recalled my childhood bitter memory when I was a bit bullied by other kids for a little while. Those kids labeled me as a stranger, so I learned the local dialect to be melted into the group and to look & feel like the same with others. Then I escaped from the crisis.

I was lucky. But was my behavior ( Let's call it "assimilation" ) a fundamental solution when it comes to diversity? I think not. I could learn the dialect in relatively short time of period, but what if it were a foreign language? It might have taken a couple of years to learn. What if my appearance was different? What if the color of my hair or skin was different? I couldn't have changed that. You cannot be assimilated forever, which means the group around you does not accept you forever. Is it right? No, it should not be right.

Then, I suddenly realized that it's not only the case in Japan. Discrimination is so abound everywhere in the world.

By the way, while I observed my colleagues in Singapore office, "Singlish" is spoken not only by Singaporeans, but also by Indonesians and Malaysians. It may imply that life is easier when people are assimilated linguistically. However, colleagues from Europe with Anglo-language backgrounds do not Speak Singlish much unless they want to be jokey. Well, it can be because Singplish speaking Caucasian does not look Singaporean anyway no matter how hard they try.

Imagine if Ambassador Caroline Kennedy speaks the dialect of Tohoku region in fluent Japanese, for example. Still she would not have been looked like a local.

Anyway, I assume that it is a human nature of our animalistic part (not just Japanese) to fear and try to kick out new comers who look different from you. Our primitive instinct may fear that our security and comfortable position is threatened by someone who don't look like us. Because of that, new comers try very hard to prove they are not threats by looking and sounding the same as others.

However, I believe that we humans have to overcome that primordial instinct. Like it or not, the world is going global and diverse. Nobody can stop the current. We have to control the instinct, and to accept the others and understand the others even if they don't exactly look like us.

In my view, Singapore and Montreal in Canada are quite successful in that area. I'll write about it in the future.




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by kobewindy | 2013-12-08 11:03 | Cultural Difference

柔軟性に関する人体実験

以前ここで、異なる文化間や異なる仕組みに対して柔軟な人になりたい、と書きました。異なる仕組みを行き来すると、間違いも起きますが、続けているうちに、人はけっこう柔軟になれるものだ、と実感しています。

例えば、些細なことですが、私は関西では外車を運転して、実家に帰ると国産車を運転してます。外車と国産車は、方向指示器とワイパーの位置が逆なので、乗り換え直後は、方向指示器を出すつもりがワイパーを作動させてしまい、「あーっ!!」となることがありがちです。ですが、外車→国産車→外車→国産車 という切り替えを繰り返しているうちに、だんだん誤作動をしなくなるのです。「今日は装置がいつもとちがうから注意を払うぞ」というスイッチが脳内で入るようになってくる気がします。

コンピュータは、会社では Windows、家では Macを使っています。Windows→Mac→Windows→Macという切り替えを繰り返しているうちに、ショートカットーキーの押し間違えが少なくなってきます。これは「このキーの感触はMac」「この感触はWindows」のように、手がマシンの手触りを記憶して、その感触とショートカットーキーをリンクさせているような気がします。

つまり、違うものの体験も、繰り返すと「違うことに慣れて」くるのです。

左右両方の打席でバッティングができる Switch Hitter になったみたいで、少し得意な気分です。

そういう「わざわざ」な状況を作ることには、どういったメリットがあるのでしょうか? 脳の活性化になってボケ防止になる・・・可能性もなくはないかもしれません。実際、英語と日本語を両方を話す人は、ひとつの言語しか話さない人より、左右の脳をバランスよく使うそうです。

また、そういう経験の積み重ねが「自分は異なる状況に対応できるのだ」という自信につながると思います。自信ができると、異なる状況に置かれても、大きなストレスを感じなくて済むのではないでしょうか。つまり、異なる状況や新しい体験に対してオープンな気持ちになりやすいのではないかと。そんな事を目指したいなと思うこのごろです。
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by kobewindy | 2013-08-21 22:36 | About This Blog