アメリカ中西部のミネソタ在住。お仕事やプライベートの驚きをつづります。I live in Minnesota. This is a scribble of my excitement when I boldly go where I have not gone before.


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映画: Loving を観て人種偏見について考える

お正月明けにミネソタからシンガポールに帰って来ました。その気温差50度!(笑)

アメリカにいる時に、映画「Loving」を観てきました。 1960年代、バージニア州などにおける「異人種間結婚」を禁止する法律に挑み、最高裁で勝利判決を勝ち取った実在の夫婦の物語です。

俳優さん達の演技がとても素晴らしく、映像も美しく、表題の通り愛あふれる素晴らしい映画でした。(実際、このカップルの苗字が Lovingさんだったのですが。)

それにしても、この勝利判決が出たのはわずか 50年ほど前。それまでアメリカで異人種間の結婚が禁じられていた州が複数あったとは驚きです。

ところで突然の質問ですが、皆さんは人種偏見てありますか?

私は自分には人種偏見はない、とかたく思っていました。 シンガポールで仕事するようになるまでは・・・。

シンガポールで様々な出身国、バックグラウンドの人々と仕事するようになり、上手く行くこともあればストレスを感じることもある中で、ある日 日本人の友達に思わずぼやいてしまったことがあります。「◯◯人って言い訳が多いよねー」

◯◯人の人に直接言ったわけではないですが、それが後日「◯◯人はこんなだって彼女が言ってたよ」と◯◯人の誰かに伝わったら、その人はどう思うかと考えた時猛烈に反省しました。また、私の言動を聞いた日本人の友達も気分が悪かったかもしれませんし、誤った先入観を植え付けてしまったかもしれません。 日本人だって何人だって言い訳や説明が長い人もいれば、言い訳をせずに黙々と物事を遂行する人もいます。なので私のその「◯◯人って」というのは一般化しすぎです。

「I want to appreciate and embrace diversity. 多様性を大切にして取り入れたい」「私には人種偏見なんてないわ」と思っているのに、私はなぜそういう発言をしてしまったのか? 自分の心をのぞいてみると、「私は複数の事例を見てきて、総合的にこんな現象が見られる」という一般化の発見を得意になって吹聴したというのがある気がします。 また、物事がうまく進まない言い訳を沢山聞かされてうんざり、というフラストレーションを発散したかったというのがあります。

でもそういう自分のエゴやフラストレーションの発散の代わりに、どこかで誰かを傷つけてしまうのはあまりにも大きな代償ですのでそういうことはやめます。

自分の中でもやもやしている部分については「◯◯出身の人は分析的な発言をする人が多いなあ」「説明が長い傾向があるけどどうやったら解決策に結びつけられるかなあ」など建設的な言葉に置き換えられるよう考えてみます。

教訓:
人種偏見とグループの特徴の一般化は紙一重。
(自分では特徴を述べただけと思っていても、侮辱や偏見と受け止められる可能性はどこにも潜んでいる。)

以上が自分の偏見のお話しですが、今回の映画に出てきたような激しい嫌悪や拒否反応というのはどこから来るのか、なかなか実感としてぴんときません。

一つわかるのは、自己防衛の本能で、人間はよくわからないものを怖れる性質があるということ。

進化論で、人間がみんな好奇心旺盛で冒険好きだったら、種が滅んでしまうこともあるから遺伝子というのは、あえて様々な違う特質を人間に埋め込んでいるという話を聞いたことがあります。つまり、革新的な人もいれば変化を嫌って保守的で伝統を大切にする人もいる。変化を怖れる保守的なタイプは、異人種間結婚という新しいものは受け入れがたかった---というのが推論です。

人種偏見は、よくわからないものを怖れたり拒否反応を起こしたり、変化を好まない人間本来の性質から来る。といのは言えるような気がします。

ただ、私にわかりにくいのは、怖れるなら避けて距離を置くだけでもいいところを、他のカップルの結婚をなんとしても阻止しようと行動に出たり非難したり、極端なケースでは暴力手段に出るという点。

他者への攻撃も怖れから来るものなのか? 脅威と感じるものに対し、攻撃で立ち向かうというのも人間の本能的性質なのかもしれませんが…。 自分の遺伝子に攻撃性が欠落しているのか、攻撃性がスイッチオフしているのか、実感としてはピンときません。性格的特質としては勝ち気な方なんだけど…。

私は不器用な人間で、映画を観て本当によく理解するためには、「自分だったらどうしただろう?」と、ぐっと引き寄せてみないとわかった感じがしないのです。

映画に出てくる Loving夫妻はとても愛情表現豊かで心優しいカップルなので、この二人の心には感情移入しやすいのですが、それを阻む社会的要因を映画だけで理解するのは私には難しかったです。

アメリカは開拓と発展の過程で先住民や黒人を加虐してきた歴史があり、その傷が社会に残っているとも言われます。では、自分が開拓時代を生きた開拓者だったら? もし戦わなくては生きていけなかったとしたら、銃を持って先住民と戦った?

そう考えたとき、多分、自分の攻撃本能をスイッチオンして、自分は武器を取って戦っていた可能性はある気がします。

では弱肉強食の過酷な時代を生き、自分と異なる人種に心を許せず半生を生きてきたところで、自分の仲間と思っていた隣人が異人種間結婚すると聞いたら、「あり得ない!」「あいつ気でも狂ったか?」と思い反発感や憎悪を抱くかどうか?

・・・なかなかそこまではなかなか実感としてわかりません。 経験していない事も理解できるのが人間の知性というものですが…

個人の「怖れ」といった単一の感情ではなく、他の問題や社会的要因が絡み合っていたら、もしかしたら抱いたのかもしれません。

深く考えさせられる、でも愛にあふれた映画「Loving」、おすすめです。


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by kobewindy | 2017-01-16 20:24 | My Thoughts

シンガポールの電車乗車マナー

このブログが異文化体験について書くのがテーマだったことを思い出し、今日は電車の乗車マナーの日本との違いについて書いてみます。

シンガポールでMRT (地下鉄)に乗っていてなんともすがすがしいのは、妊婦さんや年配の人に誰でもささっと当たり前のように席を譲ること。譲られる側も恐縮したりしないで、当たり前のようにすぐ座る。見ていて気持ちがいいです。これはこのような表示がある優先席じゃなくても行われています。
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私も実践しています。目の前の人が妙齢で、譲られたら「年寄り扱いしないで」と気を悪くするのではないかと気を使う必要はなくて、なんとなくこの人は座りたいのではないかと思い、やや高年齢であれば譲ると爽やかにその人は座ります。

逆にシンガポールがまだまだなのは、混んだ車内でリュックをしょったままの人が多いこと、降車のときドア付近の人が一度降りずに出口をふさぐので降車が大変なことでしょうか。これはエレベーターでもよくあります。

とは言え、シンガポールの朝のラッシュ時の混雑は、東京に比べれば全然たいしたことはありません。満員電車が来ると諦めて次の列車に乗るのがシンガポールスタイル。なので、他の人と体がくっつくほど列車がぎゅう詰めになることはほとんどないです。というか、やっぱり東京が人口過密すぎるのだなぁと思います。リュックをしょったままの乗車が可能というのは、むしろ環境が恵まれている証拠かもしれません。

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by kobewindy | 2016-12-24 05:34 | Singapore

オーブンのシンガポール式メンテナンス方法

私が借りているコンドミニアムは1〜2人暮らし用の小さなユニットなのでキッチンも小さいのですが、なぜかけっこう立派なオーブンがついています。入居して11ヶ月、全く使用していなかったのですが、急にパンが焼きたくなりまして、使用してみることにしました。

ところがオーブンのスイッチを入れると、温度を20度くらいまで上げた時点で「バンッ!」とキッチンのブレーカーが落ちてしまいます。何度やってもダメでした。多分、契約しているアンペア数が低いのだと思い、電力会社のサイトを見たのですがオンラインでは解決せず、そのうち電力会社に電話してアンペア数を上げてもらおうと思っていました。
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そうこうしているうちに月日は流れ、先日別件の修理に来てもらったシンガポール人にオープンの件も聞いてみると、つぎのような答えでした。

シンガポール人「あーた、オーブンを数ヶ月使ってなかったでしょ!」

ワタシ 「はい、全然」

シンガポール人「さては、あーた、シンガポール人ではないね。」

ワタシ 「ちゃいます。日本人です。」

シンガポール人「やっぱり・・・。シンガポールはとても湿度が高いので、オーブンをしばらく使わないでいると配線コードが湿ってしまうんだ。急に使おうとすると、電気系統がショートしてブレーカーが落ちてしまう。久しぶりに使う場合は、ちょっとずつ、10度くらいづつ温度上げて空焚きして、慣らしてからまた10度・・・というように時間をかけて温度を上げていくんだ。いきなり200度にしたりしてはダメだよ。」とのアドバイス。

知らなかったー。契約アンペア数不足ではないのですね。それにしても配線コードが湿った場合「慣らし」が効果的とは、目からウロコ。

というわけで、アドバイスされた通りにやってみました。

まずは、温度を10度に設定。そして、20度に上げると「バンッ!」とブレーカーが落ちる・・・。

ブレーカースイッチをオンに戻し、温度を再度10度に設定。10度のまま30分空焚きしてから今度は20度に。ブレーカーは落ちない。気を良くして30度に上げるとまた「バンッ!」とブレーカーが落ちる・・・ そこで20度で15分空焚きしてから30度に…少ーしづつ温度を上げていきます。

こんな事を何度も繰り返して、じわじわと温度を上げると、最後は250度まで上げてもブレーカーが落ちなくなりました。

すごく忍耐力がいる作業でございました・・・。が、駐妻さんブログなどを拝見すると、修理を呼んで配線を交換してもらうとけっこうなお金がかかるようなので、がんばって「配線慣らし」ができてよかったです。

お陰で、パンが焼けましたー!
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自家製グラノーラまで作ってしまいました!
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教訓:

現地の事情はネットに頼らず地元の人に直接聞くべし

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by kobewindy | 2016-04-07 20:23 | Singapore

アメリカ人が「桃っぽい」理由の考察

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前回のブログで、アメリカ人は表面上はとても柔らかくて社交的だけども中には硬い種があって、本当の意味で親しくなるまでには硬いガードがある事を本を引用しながら書きました。

ココナツ型文化出身の私からみると不思議で、何故だろうと考えていたのですが、アメリカの開拓時代の映画を観たり、スウェーデンの小説を読んだりしているうちに、ふと思い当たるふしがありました。


北米の白人はもともとをたどればヨーロッパ各国からの移民。初期の移民は土地を開拓し悪条件と戦いながら定住するに至った。隣の土地で畑を耕している別の白人の素性もわからない。定住しようと考えている土地の自然的条件は厳しいし、先住民も友好的な種族もいれば好戦的な種族もいる。・・・ということで、生命存続と安全のために、できるだけ社交的に多くの人と話して多くの情報を収集する必要があったのではないか。さらにできるだけ愛想良くして、「私も流れ者ですが、怪しいものではありません」ということを隣人達にアピールする必要があったのではないか。

「あっちの谷にいる先住民はおとなしい。種や乾燥肉の物物交換に応じてくれる。そっちの谷の先住民に姿を見られたらおしましだ」「あっちにマスが釣れる川がある」みたいな貴重な情報は生死を分ける。うまく情報収集できなかった者は生き残れなかったかもしれない。

あと、ヨーロッパや日本の田舎などでは、先祖代々同じ土地に住んでいる一族がけっこういて、長老とかが住民達のキャラをよくおさえてたりする。これはスウェーデンの小説を読んでて、日本と似ているなと思いながら気づいたのですが。  「○○家の男達は短気だが根は優しく働き者」とか「馬を育てるのがうまい」とか。村の人々については自分で直接情報を収集しなくてもおばあちゃんに聞けばわかったりする。

でも北米の開拓民はみんな新参者なので、他人の情報は自分で収集するしかないし、自分の信用も誰かが保証してくれるわけではないので自分でアピールしなければならない。だから初対面でもよく情報開示する。

ここまでが桃の皮と実の部分。

桃の種の部分は。隣人も移民なので、どこまで信用できるか心の底でははかりかねる。そもそもヨーロッパで裕福で生活に満足していたら、わざわざ遠くの自然条件の厳しい新大陸に渡ってこなかっただろうし。ネガティブな事情もあったかもしれない。 自分だってやむを得ない事情でアメリカに来たんだよね、事情の部分は誰にも言えないけどさ、みたいな。

アメリカの歴史は短いけど、そういうのが習慣になって今に引き継がれているという部分はあるんじゃないか・・・と思う。あくまで勝手な推測ですが。

アメリカ人にそんな事言ったら、俺らの先祖の素性が知れないって?と怒られそうですね。いや、けっしてそういう意味ではないです。何世代も同じ土地に定住している場合と比べればわかりにくいというだけです。比較の問題でして。


ちなみに、ロバート・レッドフォード主演の、アメリカ初期開拓時代のこちらの映画、名作です。



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by kobewindy | 2015-11-28 14:42 | Cultural Difference

多様性を阻むもの What keeps us from accepting diversity

先日「ハーフ」という映画を観てから、なぜ日本人は自分と見た目や言葉的な違いがある人を受け入れるのが苦手なのだろうか、とずっと考えていました。(「ハーフ」の予告編と記事はこちら☆)

映画を観てから幼いときの苦い思いを思い出してしまったのです。小学生のとき東京から中部と関東の間の街に引っ越したとき、土地の方言がしゃべれなくて少しの間軽いいじめに遭いました。方言を習得し、まわりに同化してから運良く難を逃れることができました。

でも、多様性の存在という事実を考えたとき、同化というのは本当は問題の根本的な解決策ではないはずです。方言は短期間で習得できたからいいものの、外国語だったらマスターするのに長い時間がかかります。外見が違ったら、肌や髪の色が違ったら、見た目は同化できません。そしたらなかなかコミュニティに受け入れられないってことになっちゃいますね。それでいいのか、ニッポン人!?

・・・と思ったのですが、日本人に限らないかも、と思い直しました。

差別ってのは世界中にありますし。

シンガポールのオフィスで気づいたのですが、シンガポールの独特の英語方言、シングリッシュ。オフィスではシンガポール人だけではなく、インドネシア人、マレーシア人もけっこう使ってます。これって言語的に同化したほうがその集団の中で過ごしやすいからではないでしょうか。

ですが、ヨーロッパ出身、アングロ系言語ネイティブの同僚はあんまりシングリッシュは使わないです。おちょくってわざと使うとき以外。まあ、同化しようにも外見が違いすぎて、例えば白人でシングリッシュ使ってもその努力が無駄だからって事でしょうかねえ。

例えて言えば、駐日大使のキャロライン・ケネディさんが流暢な日本語で「じぇじぇじぇ!」とか言った場合を想像してみてください。<-- って一体どういう例えなん・・・?

それはさておき・・・。

日本人にかぎらず、自分と異なる人を警戒したり疎外しようとするのは、動物的な性(さが)なんでしょうかね・・・。
異分子によって自分の安全や地位が脅かされるのを、本能的に嫌うみたいな・・・。

そして、「新入り」は、既存コミュニティの脅威でないことを証明するため、本能的に同化に向かうということなんでしょうかねえ。

うーん、でもそれを人類は克服しなければならないはず。好むと好まざるにかかわらず、世界のどの地域も多様化の方向に向かい、その流れを押し戻すことはできないのですから。本能を認識しつつも、自分と一見異なっても相手の立場を理解し受け入れることが必要です。

私の滞在経験での実感では、シンガポールやカナダのモントリオールは多様性の受容に関しかなり成功していると思います。長くなったのでその件はまた後日書きます。


Since I watched the movie "Half", I have been wondering why we Japanese are not good at accepting diversity in terms of different ethnicity and and languages. The movie recalled my childhood bitter memory when I was a bit bullied by other kids for a little while. Those kids labeled me as a stranger, so I learned the local dialect to be melted into the group and to look & feel like the same with others. Then I escaped from the crisis.

I was lucky. But was my behavior ( Let's call it "assimilation" ) a fundamental solution when it comes to diversity? I think not. I could learn the dialect in relatively short time of period, but what if it were a foreign language? It might have taken a couple of years to learn. What if my appearance was different? What if the color of my hair or skin was different? I couldn't have changed that. You cannot be assimilated forever, which means the group around you does not accept you forever. Is it right? No, it should not be right.

Then, I suddenly realized that it's not only the case in Japan. Discrimination is so abound everywhere in the world.

By the way, while I observed my colleagues in Singapore office, "Singlish" is spoken not only by Singaporeans, but also by Indonesians and Malaysians. It may imply that life is easier when people are assimilated linguistically. However, colleagues from Europe with Anglo-language backgrounds do not Speak Singlish much unless they want to be jokey. Well, it can be because Singplish speaking Caucasian does not look Singaporean anyway no matter how hard they try.

Imagine if Ambassador Caroline Kennedy speaks the dialect of Tohoku region in fluent Japanese, for example. Still she would not have been looked like a local.

Anyway, I assume that it is a human nature of our animalistic part (not just Japanese) to fear and try to kick out new comers who look different from you. Our primitive instinct may fear that our security and comfortable position is threatened by someone who don't look like us. Because of that, new comers try very hard to prove they are not threats by looking and sounding the same as others.

However, I believe that we humans have to overcome that primordial instinct. Like it or not, the world is going global and diverse. Nobody can stop the current. We have to control the instinct, and to accept the others and understand the others even if they don't exactly look like us.

In my view, Singapore and Montreal in Canada are quite successful in that area. I'll write about it in the future.




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by kobewindy | 2013-12-08 11:03 | Cultural Difference

柔軟性に関する人体実験

以前ここで、異なる文化間や異なる仕組みに対して柔軟な人になりたい、と書きました。異なる仕組みを行き来すると、間違いも起きますが、続けているうちに、人はけっこう柔軟になれるものだ、と実感しています。

例えば、些細なことですが、私は関西では外車を運転して、実家に帰ると国産車を運転してます。外車と国産車は、方向指示器とワイパーの位置が逆なので、乗り換え直後は、方向指示器を出すつもりがワイパーを作動させてしまい、「あーっ!!」となることがありがちです。ですが、外車→国産車→外車→国産車 という切り替えを繰り返しているうちに、だんだん誤作動をしなくなるのです。「今日は装置がいつもとちがうから注意を払うぞ」というスイッチが脳内で入るようになってくる気がします。

コンピュータは、会社では Windows、家では Macを使っています。Windows→Mac→Windows→Macという切り替えを繰り返しているうちに、ショートカットーキーの押し間違えが少なくなってきます。これは「このキーの感触はMac」「この感触はWindows」のように、手がマシンの手触りを記憶して、その感触とショートカットーキーをリンクさせているような気がします。

つまり、違うものの体験も、繰り返すと「違うことに慣れて」くるのです。

左右両方の打席でバッティングができる Switch Hitter になったみたいで、少し得意な気分です。

そういう「わざわざ」な状況を作ることには、どういったメリットがあるのでしょうか? 脳の活性化になってボケ防止になる・・・可能性もなくはないかもしれません。実際、英語と日本語を両方を話す人は、ひとつの言語しか話さない人より、左右の脳をバランスよく使うそうです。

また、そういう経験の積み重ねが「自分は異なる状況に対応できるのだ」という自信につながると思います。自信ができると、異なる状況に置かれても、大きなストレスを感じなくて済むのではないでしょうか。つまり、異なる状況や新しい体験に対してオープンな気持ちになりやすいのではないかと。そんな事を目指したいなと思うこのごろです。
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by kobewindy | 2013-08-21 22:36 | About This Blog

異文化が溶け合うとき

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あるブログにこんな文章がありました。
「2つの異なる文化が溶け合うことは決してない。問題なく混じり合う方法がひとつだけあるとしたら、それは愛。」

異なる価値観や食生活の違いなど、他民族がひとつになって暮らすのは本来はとても難しいこと。それを可能にするのは、お互いのことを思い合う愛があってこそ、というわけです。


私も外国に滞在している間、習慣の違いや言葉の問題で違和感を覚える時がたまにあります。
それを受け入れている原動力を考えてみると、ひとつは「多様性を楽しめる柔軟な人になりたい」とういう自己錬磨的な部分があります。もうひとつは、「相手をもっと理解したい」という気持ち、つまり「愛」につながるのかな、と思います。

卑近な例を挙げると、「ここミネソタのスーパーマーケットには鮮魚コーナーがない」という私にとってはちょっとしたストレスがあります。(一度だけ活ロブスターが売られているのを見た事はあるのですが。) 内陸だから仕方ないんですけど。でも私は肉食派ではなく、魚派。だから、ミネソタ滞在はイヤという結論になるのか、手に入る冷凍の魚を使っていかに美味しい料理を作るかに挑戦していくのか。この違いは、創造力と「愛」ってことになるのですかねー。

そして、アメリカ文化の特徴と言える、長い立ち話。アメリカ人はどこで出会ってもおしゃべりに熱中するように思います。相手に親愛の情を伝えるのが大切なので相手と徹底的にコミュニケーションをはかります。ですが私は最初、これがよく理解できませんでした。例えば彼と私が一緒にA地点からB地点に向かっている途中で、彼の知り合いのCさんに会ったとします。すると、ここで長い立ち話が始まります。5分、10分、20分。時にはもっと。

彼とCさんにとっては久しぶりに会った知り合いと旧交をあたためるめったにない機会なので、親愛の情を示し情報交換をします。それは良いのですが、15分にもなると、私としてはB地点に行く時間配分が崩れ、少しイライラし始めます。Cさんと彼がそんなに話すことが沢山あるなら、「あとで電話する」とか「今度ご飯食べよう」とか、話す機会を別途設けてはどうかな、と思ってしまうのです。

やがてこれは彼だけではなく、「アメリカ人の特徴」らしいと理解したとき、イライラすることは少なくなりました。わざわざ電話したり、食事の約束をするほどの親しい相手ではなくても、アメリカ人はとにかく人とのコミュニケーションを大切にする人達なのだと。そして、私も出来るだけ話の糸口を見つけて会話に参加するよう努力するようになりました。彼も、当初私がなぜイライラするのかよく理解できなかったと思いますが、私に指示はしませんでした。その後、私がアメリカ式をリスペクトするようになり、私が参加できないような話題で長い会話になり、私が待っているしかないような場合、彼は私の辛抱強さに感謝するようになりました。

一方、日本にいるときは彼は日本の習慣に対応してくれます。

こうやって、私たちの間で2つの文化が少しづつ溶け合いつつあるような気がします。

滞在もあと2日。異文化も堪能しながら滞在を楽しみたいと思います。
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by kobewindy | 2013-07-20 06:41 | Cultural Difference

選択肢のある社会  Society with many choices

日本人って、選択の自由をあまり主張しない、与えられたものを素直に受け取る国民性かなとふと思う。

例えばレストランでサラダを注文すると、ドレシッングを選ぶ選択肢はなく、始めからかかった状態で出てくる場合が多い。逆に、欧米に行くと、素材の種類を選んで、焼き加減を選んで、ソースの種類を選んで・・・と次から次へと選択することになり、慣れていない私はレストランで注文するのもけっこう大変だな、と思ったりする。

また、例えば、アメリカ人であるとんがらしは、私が水を飲みたいというと、常温がいいか、冷えたのがいいのか、氷はありかなしかなど聞いてくる。体を冷やさないために本当は常温がいいけれど、ときにはキンキンに冷えたお水が飲みたかったりするので、選択肢を示してくれるのはとても嬉しい。

この話をとんがらしにしたところ、「ホスピタリティの表現は地域によって違うものだね。」と言う。地域によっては、お水に氷を入れた方がより親切だったり、サラダのドレッシングが始めからかかっている方がより親切っていう考え方なのではないかと。

とんがらしが日本でのお料理の出し方の選択肢の少なさを問題視しない柔軟な視点を嬉しく思った。

一方で私は、選択の自由がある方に魅力を感じ始めている。選択の自由がある方が、個が尊重された、より人権に配慮がある社会のような気がするがどうだろう。


I started thinking that the Japanese tend to be obedient to what is given. In other words, we do not usually call for freedom of choices so loudly.

For example, if you order a salad at a restaurant in Japan, in many cases, dressing is already added on your salad before you ask. On the other hand, if you order something at a restaurant in the US or European countries, you may have to choose a lot of things, such as ingredients, how much to be roasted, what kind of sauce to be added, etc, etc. I sometimes think it's not easy to order a food at a restaurant in the US.

If I ask my chili pepper (American) to take a glass of water, he would ask if I want it a normal temperature, chilled or with ice. I know it's better to have water with a normal temperature in order not to cool down my body too much, but sometimes I want it chilled especially in a warm day. Therefore, I'm glad when he offers several choices.

When I told this to him, he said that the expression of hospitality varies by region or country. Depending on a place, people may feel it more kind that water is served with ice and the dressing is put on a salad from the beginning.

I was kind of glad that he has a fair view about customs so that he does not see "the Japanese method" too bad.

On the other hand, I find more attractive when one can have more freedom of choices. To me, more freedom choices means more human rights of individuals. What do you think?





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by kobewindy | 2013-04-01 23:29 | Cultural Difference

びっくり  Do I look that young?

昨日、ワインを買いに行ったら、レジで身分証明書の提示を求められてしまいした!
びっくりして「私、21歳以下に見えます?」と聞いたら、
「30歳以下に見える人には身分証明書の提示を求めてます。」(!!)って言われちゃいました。
あいにく日本の運転免許証しか持ってなかったので、別の売り場に行ってたとんがらしを呼んで来なければ買えませんでした。

アホらしい…と、とんがらしは言ってましたけど、私は若く見られて嬉しかったです(^。^)

日本人て若く見られるものですが、お酒が買えない年齢ほど若く見られたのにはびっくりしました。お店の人、相当目が悪かったのかな。


I was asked to present my photo ID when I was buying a bottle of wine yesterday. Out of surprise, I asked the shop clerk if I really looked below twenty one. He replied that they were supposed to ask for a photo ID whenever a buyer looks below thirty. After all, to buy a bottle of wine, I had to get my chili pepper who were looking around some other areas in the same supermarket since I had only my Japanese driver's license in my wallet. Though he thought it crazy, I was pleased with the fact the shop clerk thought I was under thirty :)

In general, the Japanese look younger than their actual age from eyes of people in the US, but it's really surprising I looked too young to buy alcoholic drinks! I wonder if the shop clerk had such a bad eyesight. lol




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by kobewindy | 2013-01-03 02:37 | Cultural Difference

前世は外国人? Were you a foreigner in your former life?

異文化出身の親しい人達と話して、驚いた事シリーズ。

ある日、アメリカ人が私に言ったこと。
「君は日本人なのに肌白いし背が高い。先祖に白人の血が混じってるの?」
あはは、そんなバカな!

私は、身長は平均より高いですが、顔は超アジアン。
100代さかのぼっても、白人の血は混じってないと思います。
日本人の平均的な肌の色です。

彼が冗談で言ったのかと思ったら、けっこうまじめに言っていたのでびっくりしました。
「日本人は、肌が黄色っぽくて背が低い」みたいな先入観て、いまだにあったのね・・・。

「ところであなたは、アメリカ人なのに肥満じゃないのねー。」と言ってみました。
「ファーストフード食べないし、サバの塩焼きとシソの葉が大好きだから」だそうです。
「そういや、お箸の使い方、うまいよね」と私。
「前世日本人だったかも」との事…(爆)

それなら私は前世、ベトナム人だったかもしれません!
ベトナムに行ったとき、郷愁を感じたので。

前世があるとしたら、皆さまは何人でしたか?



This is one of the episodes that surprised me when I talked with my dear friends from different cultural backgrounds.

One day, an American said to me: "The color of your skin is so light and you are tall. Is one of your ancestors mix of Caucasian?"
LOL, no way! I look so Asian though I'm tall for a Japanese woman. I think none of my ancestors can be a mix of Caucasian for the past 100 generations. Besides, my color of skin is quite typical for the Japanese. My skin color is not especially light.

I thought he was just joking, and I noticed he wasn't. Then I realized there could be some sort of prejudice in Anglo-American culture like "Skin of Japanese is typically yellow and they are usually short." even nowadays.

So, I decided to lightly counterattack him by saying, "You are not obese though you are an American." He answered, "I guess that's because I don't eat fast foods and I'm fond of grilled mackerels and shiso." which prompted me to say, "That reminds me that you are so good at using chopsticks!" He said "I could have been a Japanese in my former life." LOL

Then, I thought I could have been a Vietnamese in my previous life if there were a former life. I felt a kind of nostalgia when I visited there.

If there were things like former lives, what kind of ethnical background would you have had?





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by kobewindy | 2012-11-22 21:49 | Cultural Difference